「ノエイン もうひとりの君へ」

 

「ノエイン もうひとりの君へ」

 

量子力学的に存在すると考えられる別世界(作中では「量子力学の多宇宙解釈」)、俗に言うパラレルワールドをテーマに描く作品である。難解ではあっても非常に興味深く、過去・現在・未来を縦横に行き来するストーリー展開には息を詰めて見入り、異なる時空というものにゾッとさせられた。敵が味方になるなど少年誌的な展開もあり、独特な世界を追求していながら、絵柄とは対照的に入り込みやすい。難しいものを手放さない範囲でストーリー性や「描きたいもの」をしっかり見据えている印象を受けた。

「龍のトルク」という力を持つハルカは、近似値の「別の時空」を見ることができる。存在し得たかもしれない「似ているようで違う過去」や「起こり得る未来」の姿である。しかし、例えばハルカが無数の過去から「望んだ展開」をする過去を見つけたとしても、現在の(つまり、主人公として描かれている)ハルカの時空に影響を与えるわけではない。また未来が見えたとしても、それがそのまま確定するわけでもない。見えた未来とは別の展開が「現在」として確定し、過去へと流れていくこともある。

私たちの世界にはあらゆる可能性、無限の未来がある。それはつまり「幸せな未来」も「不幸な未来」も確定していない未知の世界が待っているということでもある。未来は無数に存在し、その未来はさらに可能性を広げていく。未来として描かれる「ラクリマ時空界」や「シャングリラ時空界」といった世界も、現在のハルカが生きている時空から枝分かれした「可能性の未来」に過ぎない。

幼い頃のハルカやユウたちは年相応の悩みを抱えた普通の子供たちであり、そこには明るい未来が待っているように見える。だが、「ノエイン」と呼ばれる存在がシャングリラでハルカに見せた未来の一つ、現在から数年後の彼女たちの姿は痛ましく、とても明るい未来とは言えない。さらに後の世界ラクリマは絶望を絵に描いたような世界である。

シャングリラとは、そんな不幸な世界に絶望したノエインが作り上げた世界。あらゆる時空を一つにして、この世から「不幸な未来」が生まれるのを防ごうとした「楽園」である。そこには誰も存在しない。誰も存在しないから認識もできない。だが二十四話でトビが語っているように、人と人が存在し、互いに認識することでその存在は確定する。たとえノエインの望む時空が完成しても、誰も認識できない(しない)以上、不幸がない代わりに幸せもまたなかったのではないか。「認識」という意味のノエインが、最終的に誰からも認識されなくなったのは皮肉としか言いようがない。

私がもっとも印象的だったのは、未来のアイ(アマミク)がイサミ(フクロウ)の死を知って祈りを捧げる場面である。同時期(という言葉は変だが)、子どもの頃の二人の距離は縮まりつつある。それが未来のアイの回想だったのか、それとも未来のアイが知っている過去とは違う時空へと進んだ話だったのか。どちらにしても、彼らがアイでありイサミであることは変わりない。過去の二人が幸せな時間を生きたということも、未来のイサミが永遠に失われたということも。

たとえどんな時空であろうとも、そこには未来が待っている。それは幸せでもあり、不幸でもあるだろう。無限の可能性という残酷な現実は、この世のあらゆる人間が受け入れなければならない。だからこそ、人は異なる時空の自分を、違ったかもしれない自分を想像するのかもしれない。変えられない過去を思いながら。

 

四話

『悪くないと思っても自分から謝りなさい。それが仲直りするコツ』

八話

『いいか、覚えておけ。逃げても無駄だ。逃げれば必ず負ける。それが嫌なら戦え、戦う勇気を持て!』

十一話

『量子的時空の安定が失われ、すべての時空が消滅する。・・・全宇宙消滅』

十四話

『もしもし、聞こえますか・・・どこかの時空の私、聞こえてますか?・・・私は元気ですか?・・・ちょっとだけ独り言、聞いてください・・・大好きなユウが悲しんでいるときは・・・助けてあげてください・・・私には・・・』

十五話

『時間も空間も、常に変化し確定しないものだと知ったとき、人間は存在の意味を見失ったのではないのか』

『君が存在する時空。君が存在しない時空。様々な時空は無秩序に分岐拡大していた。まさにカオス。無限の時空、それは無限の不幸なんだよ』

十七話

『傲慢ってなぁ、今生きてる、俺たち大人だけどな。・・・そんな俺たちが、子どもの未来を壊すことなんて、あっちゃいけねぇんだ』

十八話

『でもさ、本当にハルカってここにいるのかい? それとも、この時空は幻じゃないのかい? 君は幻の時空の夢を見続けているだけかもしれないよ』

十九話

『俺は思うんだ。子どもの頃って、直感だけで生きてたんだよな。大人になって社会の仕組みを知るにつれ、知恵だけで生きるようになるんだよ、多分さ』

『でもね、内田君。その科学がカネになると分かった瞬間から、経済学が幅を利かせてくるんだよ』

二十一話

『二人がここにいるから、私もここにいるよ』


「大人になることで自由になれるわけではない」

「子どもの頃には想像もできないほどの苦しみや悲しみに打ち砕かれる」

「だからな、強くなれ。より大きな悲しみや苦しみに出会っても乗り越えられるだけの強さを持て」

『量子的な不確定世界を確定させる現象は、人間の特異な量子的構造が原因となる。人の存在がすべてを確定させる。人は時空が重ね合わさってできている宇宙の根源であり、ネットワークの中心である』

『ラクリマの私は・・・笑ってたでしょ?』

二十三話


「先のことなんて分かんねぇよ」

「でもよ、未来なんて分かんねぇから面白ぇんだろ」

『この時空はね、すべての悲しみが集積した時空。だから人は存在を消した。人の存在が悲しみを生む。認識は誤解の始まりでもあるんだよ。だからね、人は認識することをやめ、個の存在を消し、集合と化した』

二十四話

『存在を確定させるには、人が人を観測し、認識することが重要なんだ。お互いを認識し、分かり合えれば、存在は確定できるんだよ』

『観測者は誰れだ』

 

『ノエイン もうひとりの君へ』

放送期間:2005年10月~2006年3月
原作:赤根和樹、サテライト
シリーズ構成:赤根和樹、大野木寛
監督:赤根和樹
アニメーション制作:サテライト

「Shelter」

 

「Shelter」

 

この作品は音楽プロデューサーであるPorter Robinson(米)が、同じくプロデューサーとして活動するMadeon(仏)と作り上げた曲「Shelter」のMVとして制作された短編アニメである。映像の原案もPorter自身のものであるという。そのため映像と音楽がきれいに融合しており、ひとつの世界観を完成させている。

「Shelter」という言葉が示す通り、少女は狭い世界で生きている。常にタブレットを持ち歩き、可視化された想像の世界を楽しんでいるように見える。だが、そこには常にぬぐいきれない寂しさが付きまとっている。彼女は誰かからの返信を待ち続けているのだった・・・。

物語の結末は私には想像の範囲内であり、驚きはなかった。だが王道と呼ばれるストーリーラインも、描き方を変えるだけでまた違った命を宿す。それは過去、幾度となく繰り返されてきた芸術的実験でもある。

新しいから価値があるのではない。普遍的なものを現代的に描くことによって、新しい「価値」が生まれるのである。そうして誕生したものが、やがて消化され、また別の「価値」を生み出していく。そこには新しい感動が待っているのである。

短い作品ながら、美麗な映像とともに描かれる世界は切なく、愛しい。

 

『Shelter』

公開日(youtube):2016年10月18日(火)
原案・原作:Porter Robinson
監督:赤井俊文
アニメーション制作:A-1 Pictures

公式サイト:http://sheltertheanimation.com/

「劇場版selector destructed WIXOSS」

 

「劇場版selector destructed WIXOSS」

 

劇場版が公開されると知ってから、ずっと心待ちにしていた。完全新作とはいかないだろうと思いつつ、どんなものが見られるかという期待もあった。

selectorの魅力は、実際のカードゲームを基にしたアニメであっても、そのゲーム的な部分を最小限に抑え、ドラマ性を追求したところにあると思っている。その点、プロデューサーの山口氏はスタッフコメントで、『魅力的なアニメがある前提で、商品も作っていきたいと思っていたので、その方向が間違っていなければ、アニメがカードゲームのルールブックである必要はない』と語っており、一種の賭けのようなものであっても、そういう描き方に挑戦しようとした点に、素直に好感を持っている。

一旦放映されたTVアニメの劇場版というものには「総集編+新作カット」という形態もよく見受けられ、特に、2クールのアニメを一つに凝縮する場合、やはり拙速になってしまったり、重要でありながら削られてしまう部分も出てしまうのが常である。TVアニメの「劇場版~」というものを見たことがある方なら、一度は覚えのあることではないだろうか。この点、脚本の岡田氏は、『多少意味が通らなくてもスピーディーに映像的な快感を優先』しようとしたと語っており、私自身、TVシリーズを見ているから理解できたところもあったのは確かである。ただ、新たに追加されたシーンが、ウリスという「悪」そのもののキャラクターを理解するための重要なポイントとなっており、その新しい視点から作品を見るという点で、TVシリーズとは、また違った感触を得られるのではないかと思う。

そして、TVシリーズの未来を予感させる終わり方も良かったが、劇場版の終わり方もまた、私にはグッとくるものがあった。佐藤監督曰く『プラスアルファ』である、その部分を見るために劇場に足を運ぶのは悪くないと思う。彼女たちの結末を見届けることができて、満足している。

(『』はパンフレットに依った。)

 

2016年2月23日(火) 角川moviewalkerに投稿。退会のため転記。

「風立ちぬ」

 

「風立ちぬ」

 

特に何の期待もなく見に行った。

庵野氏の声はまったく合ってないという意味でひどかった。予想してたけど、ありえないと思った。すごく苦労したのだろうけど、その苦労は必要なかったと思う。正直、誰でもよかったのだろうという印象は拭えない。煙草については何とも思わなかった。あれにケチをつけるのは野暮というものだろう。

ストーリーについては特に言うことはない。総じて、そんなに悪くはなかった。韓国での公開に際して特に波風は立たなかったという報道があったけど、この映画でそういうのは起こりようがないと思う。
この映画の主眼は戦争ではないし、主役は戦闘機ではない。戦争の時代を主人公は生きたという、それだけのことであり、ゆえに反省なき自己弁護のような描写もなく、必要もない。むしろ軍部の醜さ、滑稽さを茶化すようでもあり、本当に戦争に向かっていく日本なのかというほどのゆったりした空気が流れている。

ユーミンの曲は素晴らしかったけど、なんとなくこれじゃない感があった。すごく親和性が高そうに見えて、そうでもないという気がして不思議だった。

「星を追う子ども」

 

「星を追う子ども」

 

新海作品を映画館で見るのは今回が初めてで、あのきれいな映像をスクリーンで見られただけでもう満足というか。

多分、さんざん言われているであろう「ジブリ」云々は、パンフレットの監督のインタビューから、

「例えば作画監督の西村さんによるキャラクターデザイン。かつての東映長編や名作劇場で確立され、今ではジブリに濃く受け継がれていると思いますが、そういう日本のアニメーションの中で長い間親しまれてきた絵柄を今回は意識してもらいました。物語を伝える「容れ物」として普遍性を獲得しているキャラクターデザインだと思うからです。そんなふうに絵も物語も普遍性のあるフォーマットにして、しかしテーマとしては現在の自分の問題意識を盛り込んだ作品にしたい。」

という部分が参考になるんじゃないかと。確かに、ことあるごとにジブリのあのシーンこのシーン、あのキャラこのキャラが頭をよぎるけれど、やっぱり似ているのは外側だけだと思うし、似てると言ってもそこにはちゃんと違いもある。中身はジブリではないし、その中身を見たくて見に行くなら、ちゃんとそこには見たい新海作品があると思う。

今回の映画を見ながら、新海作品の魅力は「切なさ」じゃないかなと思った。甘くない切なさというか、そんな感じ。
あと忘れてはいけない天門氏の音楽も魅力の一つ。今回は一人ではなく編曲の多田彰文さん、エンディングの熊木杏里さんの三人で作ったそうで、内容に合わせた壮大な感じの曲が多かった気がする。よかったのはエンディングかな、歌詞が映像と合ってた。

本当は見に行こうか迷ってました。ジブリっぽいという先入観で、見たいような見たくないような・・・という。
でも、見に行ってよかった。

「言の葉の庭」

 

「言の葉の庭」

 
新海監督の作品は一通り見てきた(ごく短い短編は見逃しているかもしれないけれど)。その中で「言の葉の庭」は、おそらく現時点では最高傑作だと思う。少なくとも自分にとっては今までの作品で一番、気持ちが動かされた。

上映時間は短く、予告と短編(「だれかのまなざし」)、そして本編、すべての時間を足しても1時間で収まってしまう。そういう点では「ほしのこえ」と、そのディスクに収録された「彼女と彼女の猫」と似た関係にあるのかもしれない。

そこに原点回帰という発想があったのかは分からない。けれど「だれかの~」の視点が猫にあったこと、世界観が近未来的であったことを考えると、なきにしもあらずではないかと思う。

「雲のむこう、約束の場所」以降、長編の公開が続いたけれど、正直に言えば、どれもぴんとこなかった。映像的には申し分ない出来だと思ったけれど、これが見たかったのかな、という気持ちはどうしてもぬぐえなかった。
自分は「ほしのこえ」が好きで、何度となく見返している。「彼女と~」も。だから今作が短編で、存在感を持つ作品に仕上がっていたことがとても嬉しい。

だからといって短編だけ作ってくれと言いたいわけでは、もちろんない。長編もどんどん挑戦してもらいたいけれど、たまに今作のような短編に戻ってくれることも期待したいと思う。

最後に、音楽もとても良かった。今回は天門さんとのコンビではなかったけれど、いろんな人とコンビを組みながら柔軟にやっていってほしい。もちろん、天門さんとのコンビが最高だと思うけどね。

いい台詞があったんだけど、うろ覚え。「まわりの人は変わっていくのに、自分は15の頃から何も成長していない」といった台詞。今度、もう一回見たときに確認します。

2013年10月29日追記

「27歳の私は、15歳の頃の私より、少しも賢くない・・・。私ばっかり、ずっと・・・同じ場所にいる」

「ブブキ・ブランキ」(一期)

 

「ブブキ・ブランキ」(一期)

 
アルペジオで惚れ込んだサンジゲンの10周年作品。

初めは、いわゆる「ロボットアニメ」なのかと少しがっかりもした。ただ、ストーリー序盤から過去に起因する「裏」があるというのは匂わせており、覚えにくい名前と共に、とにかく消化して追いついていこうと思いながら見ていた。

終わってみれば、これはただの派手なロボットものでも、少年少女の成長物語でもなく、主人公の親世代である汀や礼央子らの、若い頃から今に至る「時の経過」や、その間に心の中に芽生えた「覚悟」を描いた話であると分かった。彼らの動機が一本につながっていく終盤の展開は熱かった。

特にエンディングがいい。歩いているのが礼央子であるのには理由があるのだろうと思っていたが、最後まで見ると、また違った見方をできるようになった。

また、ブレーキを掛けてしまいそうな「津波」を思い起こさせる描写や「戦術核」といったものまで恐れず描く姿勢も良いと思った。ちょっとしたシーンではあれど、5年、70年という節目が10周年と重なったことを意識したとみるのは考えすぎだろうか。

何にせよ、まだ描かれていない部分(ついに最後までほとんど姿を見せなかった薫子など)もあり、二期でどう展開していくのか楽しみにしている。

 

『ブブキ・ブランキ』(一期)
放送期間:2016年1月~3月
原作:Quadrangle
監督:小松田大全
シリーズ構成:イシイジロウ、北島行徳
脚本:イシイジロウ、北島行徳
エンディングコンテ・演出:松下周平
アニメーション制作:サンジゲン

 

「ウィッチブレイド」

 

「ウィッチブレイド」

 

ずっと見たいと思っていた作品。一話終わるのを早く感じ、2クールでも長いと思わなかった。

親子の関係、親になることの難しさ。親子であるとはどういうことなのか。子どもは親が思っているよりずっと大人で、それでも子どもは親を欲する。それは梨穂子もまりあも、そして幼い頃の母へのコンプレックスから歪んだ感情を抱いてしまった古水にも当てはまる。

物語中、誰よりも親であろうとしたのは、やはり雅音だろう。彼女の中心には常に梨穂子がいる。だが遺伝子操作で生み出され、常に自分の気持ちを客観的に観察していた玲奈は、自身の子供に接することで「理解不能な感情」を抱き、鷹山もまた、梨穂子と打ち解けると笑顔を見せるようになる。

生みの親か、育ての親か。この作品は、そのどちらも否定していない。絆とは見えない「理解不能」なところにあるけれど、でも確かに存在する。それがこの作品の語りたかったことではないか。

予告で雅音と梨穂子が手紙を交わすという演出は、予告でありながら本編の背後にある二人の心情の吐露でもある。全編を通して言えることだが、言葉が軽くなく、慎重に選んでいる印象を受けた。上辺だけの言葉ではないから、考えさせる。

温かくて切ない。面白さの理由は、そこにあるのだろう。

 

「お前たちは、唯一無二の親子だった」(14話)

「お前が大好きなんだよ、ママは」(15話)

 

『ウィッチブレイド』

放送期間:2006年4月~9月
原作:Michael Turner(Top Cow Productions)
監督:大橋誉志光
シリーズ構成:小林靖子
脚本:小林靖子、吉村清子、井上敏樹
アニメーション制作:GONZO

 

「アクティヴレイド -機動強襲室第八係-」(一期)

 

「アクティヴレイド -機動強襲室第八係-」(一期)

 
何となく名前だけ目にしていて、ちょっと気楽に見たいと思って見始めた。

嫌な言い方をすれば、最初から「安っぽい」感じは漂っていた。それでも警察権限の限界や、いわゆる「縦割り行政」の弊害、政治の腐敗などを絡ませていく展開は見ていて飽きなかったし、警察・公安ものとしてはゆるい部類に入り、「踊る大捜査線」のノリに近いと感じた。

ストーリーは基本的に一話完結で、各話ともいろいろ考えさせられるところがあり、少なくとも誠実にやろうという感じは伝わってきた。キャラクターを粗末にせず最後まで連れていこうという姿勢は、刻々と変わっていくED(後期)の演出にも現れていたと思う。(なぜか毎回どこかに現れる「あの子」を探すのも楽しかった。)

残念ながら、私は「巨大ロボット」や「パワードスーツ」といったものにあまり興味がなく、ましてや「鉄ちゃん」でもない。マニア心をくすぐるポイントがあるのだろうと感じつつ、あまり反応できない部分もあったが、マニアックなものは「分かる人にしか分からない」ところを突き詰めている面白さがあり、分からなくても総じて楽しんで見ることができたし、それが一番だと思う。

二期があるという話なので、次も肩の力を抜いて見られたらいいと思う。

 

『アクティヴレイド -機動強襲室第八係-』(一期)

放送期間:2016年1月~3月
原作:創通、フィールズ、フライングドッグ
総監督:谷口悟朗/監督:秋田谷典昭
シリーズ構成:荒川稔久
アニメーション制作:プロダクションアイムズ

「パンティ&ストッキングwithガーターベルト」

 

「パンティ&ストッキングwithガーターベルト」

 

軽いのを見たくて探していたときに、「あー、そういえば・・・」と見てなかったことを思い出して見ることにした。
事前知識として相当なイロモノであることは分かっていたけれど、思っていた以上に自由にやりきったなぁという印象。

まず、初回の説明文。

『【第1話】 仁義なき排泄 ダテンシティで人々が便器に食われる怪事件が多発する。』

この一文でこの作品がどういうものか分かろうというもの。1話目から主人公のベッドシーンとトイレシーンが見られるアニメってほかにあるのだろうか・・・。

下ネタ連発のアニメといえば生徒会役員共などもあり、今となっては特別珍しいということもない。
ただ、大抵はそういう原作があってアニメ化するのだろうし、オリジナルでこういうのは割と珍しい試みだと思う。

例えば下ネタ連発の漫画があったとして、それでも人気が出たのなら、たとえ放送コードぎりぎりでもアニメ化しようという話になるのであって、オリジナルで出すのは結構冒険だったんじゃないかなと思う。
グレンラガンの勢いがあった頃のガイナだからできたのだろうか。実際、制作にもグレンラガンのスタッフが多いとのこと。

内容は一回二話構成、基本的に各話完結のドラえもん的な構成。
以下、かいつまんで各話の感想など。

シリーズ前半のうちアクションと演出で魅せたのは1話と11話、うまいなぁと思ったのは6話だった。
1話は初回ってことでインパクト強かったのもあるけど、テンポがすごく良くて見てて楽しかった。

2話以降は下ネタ全開にしつつ本筋のストーリーとは関係ない「遊び」感丸出しで、それはそれで面白かったけど、ちょっとテンション下がったかなという感じ。
その分、映画のパロディを盛り込んでいてそれはそれで面白かったし、中でも6話の兵士の話は思わずニヤッと。

とはいえ、どのエピソードも大概で、特に9話の鼻クソの話は飛び抜けてヒドかったけど、その次の10話は下ネタ控えめなのに違う意味で見るの辛くなってきちゃったかな。ちょっと毛並みが違いすぎた。

それで、ようやく本筋が進んだのが11話。派手で割と真剣な戦闘シーンは「これを待ってた」って感じ。

ライバルが登場しつつ折り返しに入った後半は、ブブキ・ブランキの小松田大全がコンテと演出を担当した15話のテンションが良かった。トムクルーズっぽさが出てて「ほんとに下らねー」っていう笑い。

17話は珍しくシリアス(?)展開で、最初はどういう顔で見ていればいいのか分からなかったけど、でもちょっといい話。ゴーストも好きな映画だしね。といってもクソ全開だったのは間違いないんだけど。

19話~21話は多分、シリーズ通して一番意味不明だと思う。考えるな感じるんだ系。マサルさんで言うところのめそ・・・的な。この例えは古いかもしれない。

面白い回は多々ありつつも一番好きだったのは終盤の24話。派手でもないし、ずっと固定カメラで二人を映しているだけなのに、これが全然飽きない。二人の「なんか楽しくなってきた」的なテンションとか、ブリーフの「ギークっぽい男ってこうだよね」的な残念さとか、本当に見ていて楽しかった。

全編通して言えることだけど、音楽がとても良い。ミュージックチャンネルで流れそうなPV風の22話なんかも音楽を前面に出していたし、エンディングの曲もペルソナ4のopを思い出させるようないい雰囲気だった。

と、まぁそんな感じでスト-リーはあるんだかないんだかって感じで進んでの最終回だったけど、ラストは衝撃的、唖然とする最後だった。
おそらくは、これもまた何らかの作品のパロディなのかもしれないし、「よくあるパターン」という演出だったのかも。ただ、私個人としてはあまり好きではない終わり方だった。

下ネタなどは笑える範囲としても、そういう軽さでキャラクターの命まで扱うと笑えなくなってしまう。ジョーク作品にこういうことを言うのもどうかと思うし、ある意味、最後まで「らしさ」を貫き通したとも言えるけれど、それでも後味の悪いラストだったと思う。自由奔放で愛らしい作品だっただけに、最後ぐらいは大切にしてほしかった。

 

『パンティ&ストッキングwithガーターベルト』

放送期間:2010年10月1日~12月24日
原作:GAINAX
監督:今石洋之
シリーズ構成:ギークフリート
アニメーション制作:GAINAX