「マクロスΔ」

 

「マクロスΔ」

 

去年から見始めたマクロスシリーズも、2017年時点の最新作に到達することになった。

本作『マクロスΔ』(以下、デルタ)はマクロスシリーズ7作目、テレビアニメとしては4作目にあたる。各作品の中身が濃いせいか、通算で二桁に届いていないというのが少なく感じる。

時代設定は西暦2067年、前作『マクロスF』(以下、フロンティア)の8年後の世界である。『超時空要塞マクロス』(以下、初代マクロス)の早瀬未沙が艦長を務めるメガロード-01を旗艦とした「第一次超長距離移民船団」が地球を飛び立ったのは2012年。そこから、実に55年という月日が経過している。あのマックスとミリアに孫がいるというのは隔世の感がある。彼らはまだ生きているのだろうか。

ちなみに、公式サイトの誕生日から計算すると『マクロス7』(以下、7)のバサラは43歳、『フロンティア』のランカは24歳あたりになっているはずである。バサラは40を過ぎても変わっていないと思うが、24歳のランカがどうなっているのかは非常に気になるところである。


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今作を象徴する要素の一つに「風」がある。同じく「風」という要素を取り入れ、プロトカルチャーにまつわる点などで本作と共通点も多い『マクロスゼロ』(以下、ゼロ)の重い雰囲気とは違い、全体的に軽やかで、こなれた感じである。主人公のハヤテにしても、自由奔放なところはありつつも、基本的には素直で気のいい男である。今までのマクロス作品の主人公で、ここまで素直かつ爽やかなキャラがいただろうか。

ただ、作品を通してそういった軽やかさを感じる分、後味が残るような苦みもない。全体的にやや薄味というのが私の印象である。とはいえ、最後まで安定した作りできれいにまとまっていて、ストーリー的にもシリーズの重要な位置を占める作品になっていると思う。特に50年以上前に行方不明になったというメガロード-01の消息に触れたという点は、なぜ今作で触れたのかという意味においても興味深い。それが、ついに最後まで登場しなかった「レディー・M」なる人物の活動とつながっているとなれば、なおさらである。

「可変戦闘機バルキリー」は今作でも健在だが、そのバルキリーが「踊る」という発想は今までなかったように思う。例えば『マクロスプラス』(以下、プラス)ではイサムが遊ぶように飛んではいたが、踊るという感じではなく、『フロンティア』ではアルトが元歌舞伎役者ではあったものの、戦闘で踊るといった描写はほぼ描かれなかった。バトロイド形態は人型なのに「踊る」という要素がなかったというのは、私には新鮮な驚きだった。

また、今回の主な歌い手「ワルキューレ」は、今までに登場したような単体の歌手ではなく「アイドルグループ」である。その発想は『7』のジャミングバーズに近いと思っていたが、公式サイトによるとメンバーのデータがワルキューレ結成にも生かされていたようである(「MACROSS PORTAL」用語集)。第11話でワルキューレのメンバーがタイヤを引いて走る「昭和のスポ根」的な特訓シーンも彼女らを思い起こさせる。

何より、まるで「魔法少女が変身するアニメ」のようなファンタジックな雰囲気は、今までのマクロス作品からすれば異色とも思える。だが、今まで異色ではないマクロスがあっただろうか。『7』という異色すぎる作品を筆頭に、もはや自由で尖っていなければマクロスではないとすら言えそうである。『初代マクロス』からして、それまでにない新しいものだったからこそ驚きとともに迎えられたのである。現実にも「アイドルグループ」が乱立し、アイドルを意識したアニメ作品も作られる昨今である。その流れに乗ったとも、抗えなかったとも言えそうだが、常に新しいものを求めるマクロスらしいと言えばらしいとも言えるのではないか。

そして、そこはやはり「マクロス」でもあり、必然的に「血生臭く」なる宿命にある。ワルキューレが所属するケイオス自体が「アイドル事務所」といった趣ではあるが、そのケイオスは『フロンティア』で言えばS.M.Sのような民間軍事会社であり、依頼を受けて戦場で仕事をするプロの集団である。ワルキューレもまた「トップ」を夢見るだけのアイドルグループではない。戦場で傷つき、幾たびも失敗を繰り返し、メンバーも辞めていきながら、それでも歌い続けて成果を出してきた。だからこそ、第25話でカナメが口にした「夢」という言葉にも重みが出てくるのだろう。それまでの積み重ねが終盤で生きてくるのを見られるのも、2クールもののいいところである。


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マクロスというシリーズには、一貫したテーマとは別に、同じシリーズでありながら各作品で全く違う「個性」があり、それが「マクロス」という世界を広げることにもつながっている。では、『デルタ』という作品特有のテーマは何か。私は、それは「二面性」ではないかと思う。

例えば次元兵器に関する認識の違いもその一つである。作中で真相は明かされるが、それまではウィンダミアと地球人類(新統合政府)の見解は食い違っていた。本当のことが分からなければ、属する側によって見え方が変わる「真実」という魔物。ライト・インメルマンという人物についても同じことが言える。行動の真意、本当の思いはどこにあったのか。曖昧な事実と個人的な印象が一人歩きし、実像と虚像を生み出していく。

あるいはロイドとキースの関係もそうである。ロイドはウィンダミアを裏切ろうとしたわけではなく、むしろ王国の再興に熱心な人物だったとさえ言えるだろう。だが、プロトカルチャー研究を続けてきたロイドは、ウィンダミアこそがその正当な後継者であるという考えに固執してしまう。結果、「星の歌」で全人類をつなげ、ウィンダミアを中心とした永遠の平和を得ようとしてしまった。そこにはウィンダミア人の寿命の短さへの抵抗もあったのだろう。それに対しキースは、短いからこそ一瞬を命がけで生きることに価値を見出していた。これは「今がいっぱいいっぱい」(第9話)と言うフレイアに通じるものがある。

短いからこそ永遠を求めるか、短いからこそ一瞬を生きるか。ロイドとキースの違いはそこにあった。かつて同じ空を飛びながら、見つけたものは決定的に違っていたということだろう。これも二面性と言えるのではないか。


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「マクロス」と言えば、やはり「歌」を抜きには語れないだろう。ただ、実際は歌それ自体というよりも人が歌う理由や、歌が持つ可能性、歌を含めた「文化」によって異星人、あるいはバジュラのような特異な生命体とさえ分かり合えるのかといった疑問、そういった「歌」に絡む様々な要素と向き合おうとするのが「マクロス」というシリーズではないかと思う。

本作ではワルキューレのメンバーがそれぞれ「歌は○○」と言う場面がある。第4話で言えば、「歌は愛」(レイナ)、「歌は希望」(マキナ)、「歌は命」(カナメ)、「歌は神秘」(美雲)、「歌は元気」(フレイア)である。この「歌は○○」という言葉は『フロンティア』の劇場版(後編)のポスターにもキャッチコピーとして使われている。第一弾から順に「歌は魔法」、「歌は祈命(いのち)」、「歌は死なない」の三つである。特に「歌は魔法」という言葉について監督の河森氏は、「『マクロスF』を作っているときに、『そうなんだな』って再認識した点でもある」と語っている(パンフレット、P.5)。もちろん、マクロスに魔法は出てこない。だが「歌」というものは限りなく魔法に近い存在、そう思わせてくれるのも「マクロス」という作品の面白さではないだろうか。

そして、上記のワルキューレメンバーの台詞のうち、ポスターのキャッチコピーと共通したキーワードを持つのは「歌は命」と言うカナメただ一人。ポスターに「歌は祈命」というキャッチコピーとともに描かれたのは、傷つきながらも立つシェリルである。この一致には何か特別な意味があるのではないか。そこに込められたものを探ってみたい。


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シェリルとカナメ。一見すると共通点は少なそうに思える二人だが、実は似ている点も多い。そのポイントは大きく分けて三つある。「幼少時の過酷な経験」、「栄光と挫折」、そして「心の強さ」である。

一つ目の「幼少時の経験」。シェリルは幼い頃をマクロス・ギャラクシーのスラムで過ごし、残飯をあさるような生活をしていた。カナメは内戦状態の惑星ディバイド出身で、戦闘に巻き込まれた経験もあると過去のオーディション(第21話)の際に語っている。状況は違うとはいえ、ともに幼い頃から過酷な状況を経験していると言えるだろう。その経験が非常時にも動じない力強さを育んだのではないか。

次に、「栄光と挫折」。シェリルは「銀河の妖精」と呼ばれるほどのトップシンガーに上り詰め、カナメはワルキューレのリーダーにしてエースとしてメンバーを引っ張る存在となる。そして、シェリルはランカという新人アイドルに、カナメは美雲という新メンバーにトップの座を譲ることになる。ただ、カナメはワルキューレに加入する前、アイドルとして一度挫折を経験しており、そのためか美雲という存在にもすぐに白旗を揚げられたように感じられるが、シェリルはトップシンガー「シェリル・ノーム」であることに強いプライドを持っていた分、その転落も激しいものとなった。この点はテレビシリーズと劇場版で展開が異なるが、「V型感染症」の悪化も相まって、歌を捨てるところまで追い詰められるという点では共通している。

そして、三つ目の「心の強さ」。これは一つ目、二つ目とも関係している。二人は基本的に面倒見がいい。シェリルのランカに対する態度は、ライバルというより気のいい先輩といった感じであったし、カナメは自分でも語っている通り、メンバーをまとめることに長けているところがある。これは過酷な経験から自然と身についた性格ではないだろうか。そして、それゆえか自分の能力の限界を人のせいにしない潔さがある。シェリルはランカの登場で自分の人気に陰りが生まれたことを悟りながら、決してランカに(少なくとも歌手としては)嫉妬を向けたりはしなかった。カナメは初めて美雲の歌を聞いたとき、すぐに「負けたな」と感じたが、その場で気持ちを切り換え、ワルキューレの目指す方向を再認識した。

二人とも、そこに悔しさがなかったわけではないだろう。人間である以上、そこには複雑な感情が生まれるはずである。だが、それを自分を高めるエネルギーに変えることは、精神的なタフさがなければできないことである。そんな二人の共通性を示す上で、「命」という言葉はこれ以上ないキーワードではないかと思うのである。

なぜ、カナメにシェリルと共通したキーワードを与えたのか。もちろん、ただの偶然かもしれない。だが、もし意味があるとすれば、それはカナメをシェリルに重ねて見てほしかったという思いではないか。そう考えれば、かすかな希望を残しつつも昏睡状態のままに終わった「劇場版」のシェリルに、力強い「命」を与えるという意味も見えてくる。


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「歌」というテーマで言えば、さらにもう一つ、本作の中で歌について語られた言葉がある。第19話、イプシロン財団の武器商人ベルガーがケイオスを訪れた際に語った、「歌とは究極の兵器」である。この言葉はプロトカルチャーの時代から2067年に至るまでの歴史を語るベルガーが、自分の得た結論として述べたものである。マクロスシリーズを通して見れば、この言葉は核心を突いた言葉であることが分かる。

歌は使い方によっては兵器利用できるという発想は過去の作品でも示されてきた。例えば『7』では、プロトデビルンに歌で対抗する「サウンドフォース」や「ジャミングバーズ」が結成され、『プラス』では人間でさえ歌に操られる危険性も描かれた。それらの要素が総合された結果、『デルタ』では歌で人間を操ろうとする側(ウィンダミア)と、それに抗う音楽ユニット(ワルキューレ)という構図が生まれたのではないか。

さらにベルガーは、50万年前に栄えたプロトカルチャーの時代でも「歌の兵器利用」が考えられていたという仮説を立てている。実際、「風の歌い手」たるハインツの歌でプロトカルチャーの遺跡は起動し、ウィンダミアの遺跡に残っていた細胞片が「星の歌い手」のものであることが判明するなど、プロトカルチャーと「歌」という要素は深く結びついていたことが示される結果となっている。

「プロトカルチャー」という要素は『初代マクロス』から登場し、その謎めいた存在の成り立ちから終焉までが『7』によって明らかにされた。そして『ゼロ』では、ハスフォードによって唱えられた「プロトカルチャー干渉仮説」(外的要因による人類の進化)が、「鳥の人」の体液とマオの血液が一致したことによって証明された。そうして少しずつプロトカルチャーと人類のつながりは描かれてきたが、『デルタ』ではプロトカルチャーが生み出した、いわば人類の兄弟のような異星人が複数登場することになる。


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西暦2012年以降、多くの宇宙移民船団が地球を出発し、旅の行く先で様々な居住可能惑星を発見している。中にはウィンダミアのように、すでに文明を持つ種族が住む星もあった訳だが、プロトカルチャーが人類を生み出したのなら、遺伝子を「デザイン」された人類種が地球以外にいても不思議ではないということになる。過去の作品でも『マクロスⅡ』(以下、Ⅱ)で異星種族マルドゥークが、『マクロス ダイナマイト7』で惑星ゾラに住む原住民族ゾラ人が登場しており、プロトカルチャーの遺伝子操作によって生まれた種族が宇宙にはたくさんいると思っていいのだろう。この点に関しては『フロンティア』の第16話で「14の惑星で文明の痕跡」と具体的な数字が出ており、『デルタ』でも第7話冒頭のナレーションで「多くの人類種を作り上げた」と語っている。

問題は、その惑星に住む人々にとって「人類は敵か味方か」ということである。彼らからすれば、突然、空からやってきた地球人類こそ未知の「異星人」である。いきなり国交を樹立しろと言われても、なかなか割り切れるものでもないだろう。それでも恩恵を考えて国交を結ぶ国もあれば、当然、反発する国も出てくる。

プロトカルチャーの遺跡が多数残るブリージンガル球状星団、中でもウィンダミアという星に人類が辿り着いたのは40年前というから、2027年頃である。そこで人類と不平等条約を結ばれたウィンダミアは、7年前に独立戦争を起こし、次元兵器の使用によって停戦状態となった。ウィンダミアが地球人類を憎む動機の一つは、7年前の次元兵器の使用であり、ウィンダミアの大地に今なお残る深い爪痕がその憎悪をかき立てている。

そこには力を背景に「統合」という勢力圏を拡大しようとする側と、それに抗う人々という構図がある。これは『ゼロ』では統合政府と反統合同盟の戦いとして描かれた。そしてどんな時代にも弱い方が淘汰されていく。また人類の歴史を顧みても、大航海時代以降、「文明」という火に原住民族は追い立てられ、数を減らし、その文化を失い続けてきた。

その人類が宇宙へと旅立っていく。それは果たして良いことなのか、悪いことなのか。そういった疑問を『ゼロ』以降、河森監督はマクロスの主題に置いているように感じる。新統合軍を徹底して役立たずの憎まれ役にしているのも、決して人類がすべて正しいわけではないということを表しているのではないか。『ゼロ』でノーラは「国も領土も、人の命も、自分たちの手に入らないものは全て破壊する、それが統合軍のやり方さ」と語っている。彼女は反統合同盟の人間であるため主張を鵜呑みにはできないが、統合側のやり方を見る限り、あながち間違ってもいない。そんな統合政府だからこそ、反統合勢力もなくならないのだろう。

そして、それは「新統合政府」というフィクションだけの話だろうか。組織が肥大化すれば、ほころびを見せるようにもなるし、都合の悪いことは組織ぐるみで隠蔽するようにもなる。現実にもそういう組織が、我々の身近にいないだろうか。「統合」という思想は、現実社会への痛烈な皮肉にもなっていると思う。


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今作ではハヤテ、フレイア、ミラージュという三人の関係を中心に話が進んでいく。ミラージュはケイオス所属だが、かつては新統合軍に所属していたという。三角関係の中で女性が軍経験者かつパイロットなのは『Ⅱ』のシルビー以来だろうか。いずれ女性軍人パイロットが主人公で、男性歌手二人が奪い合うような話も生まれるのかもしれない。あまり想像できないが・・・。

マックスとミリアの孫にあたるミラージュはガチガチの軍人肌で、馬鹿が付くほど真面目なところがある。その飛び方はメッサーには「教科書通り」、ウィンダミアのヘルマンには「考え過ぎ」と指摘され、本人は才能がないと思っている(実際はそんなことはないのだが)。そんな真面目すぎる少女のため、たまに台詞が長くなる場面もあるのだが、その一つに新統合軍時代の経験を語ったものがある。第6話、初めて戦場を経験したハヤテに語りかける場面がそれである。

今作では、『ゼロ』以来となる人類同士の戦争が描かれた。それは人が人を殺す戦いにほかならない。ミラージュは、そんな経験を乗り越えることなんてできない、だから平気なフリをする方法を覚えろと言う。一人殺した重荷も、誰かの幸せを一つ守れたのなら意味があると説く。彼女もまた歴戦の兵士であり、戦場で人を殺す意味を語る言葉には重いものがある。だがそれ以上に、彼女の独白には『ゼロ』から続く、河森監督の言いたいことが凝縮されているように感じるのである。戦争を題材とするマクロスを描くからこそ、そこには確かな哲学がなければならないのかもしれない。

戦争はこれからもなくなることはないだろう。ならば考え続けなければならないのではないか。そして戦争を考えるということは、戦場に立つ人間のことを考えることではないか。ミラージュの言葉から、私はそんな考えを受け取ることができたし、そういった疑問と答えを見つけられるところに「マクロス」という作品の魅力があるのだと思う。


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今までのマクロス同様、デルタも印象的なシーンがたくさんあった。例えば第3話、画面越しのハヤテの機体にフレイアが手を重ね一緒に踊る場面は爽やかで気持ちが良くて、第10話のメッサーとカナメの会話は、遅かれ早かれ悲しい結末が来ることを予感させた。第21話のワルキューレ結成秘話は、ただのアイドルグループに見えていた彼女たちに奥行きと背負っているものの重さを与え、第25話でハヤテが父からの手紙をフレイアと読むラストから「愛・おぼえていますか」への流れに、密かにミラージュを応援していた私も、これはこの二人で決まりかと思わざるを得なかったりもした。

他にも挙げたいシーンは色々あるのだが、もっとも印象的だったのは、第6話で美雲からフレイアへ、そして最終話では逆にフレイアから美雲へ投げかけた「なぜ、どんな思いで歌うのか」という問いかけである。過去のマクロス作品に登場した歌手たちも皆、この「なぜ歌うのか」という問いに直面している。

なぜ、どうして歌うのか。これは「歌」という存在を扱ってきたマクロス作品にとって、とても「マクロスらしい」問いかけである。そして、これからのマクロス作品でも絶えず問われていくであろう、マクロスの永遠のテーマではないかと思う。

 


『マクロスΔ』

放送期間:2016年4月~2016年9月
原作:河森正治、スタジオぬえ
総監督:河森正治
監督:安田賢司
シリーズ構成:根元歳三
アニメーション制作:サテライト
製作:ビックウエスト、マクロスデルタ製作委員会

 

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