「BLAME!」

 

「BLAME!」

 

原作が月刊アフタヌーン誌上で連載されていた1999年頃、たまたま手に取った単行本から『BLAME!』という世界を、そして弐瓶勉という漫画家を知った。第一話を読んだときの、何か分からない、すごい宝物を見つけたような衝撃は今でも覚えている。

原作が完結し、単行本を最後まで読み終わった後も、折に触れて読み返していた。本当に好きだった。だが、ここ数年は漫画自体読まなくなったこともあり、最近は『BLAME!』の記憶も薄れつつあった。そういう「昔、好きだった」という気持ちも、「時間」という波はいつしか洗い流してしまう。それを「寂しい」と見るか「仕方ない」と諦めるか・・・。

そういったこともあり、映画を見るに当たって原作を読み返すか悩んだ。だが、せっかく忘れているのなら、いっそ惚れ直すチャンスかもしれない。そう思って、今回は復習(予習?)せずに見ることを選んだ。


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それが良かったかどうかはともかく、たとえば瀬下寛之監督がインタビューで、

『超ハードなSFの世界観の原作から、元々内包されている普遍的な人間ドラマを浮き彫りにし、原作を知らない人、SFが苦手な人にも観てもらえるようにしました。』(パンフレット、P.16)

と語っている通り、原作を読んでいてもいなくても、結果的に、作品の理解にはそれほど問題はない内容だった。むしろ、SF的な世界観に目が行きがちな原作の中で、あえて省ける要素は省き、そこに存在する「生きようとする人間たち」に焦点を当てたのは、いい判断だったと思う。

先日、見終わった『プラスティック・メモリーズ』の鳥羽洋典プロデューサーが、インタビューの中で次のようなことを語っていた。

『むしろ、中途半端にいいとこどりをしようとするのが危ないんです。捨てる勇気は大事ですよ。ダメだと思ったら崩してしまわないと。』(電撃G's Magazine、2015年1月号)

漠然とした記憶を頼りに書くのだが、ストーリーに限って言えば、どうやら原作の忠実な映像化ではない。おそらく「電基漁師」のエピソードを軸に、初めて触れる人にも入りやすいよう、エピソードを再構成したのだろう。その原作との違いに、ファンによって色々感じるところはあると思うが、個人的には、詰め込みすぎず、いいバランスで作り直したという印象である。監督の判断もあるだろうが、原作の弐瓶勉氏が総監修として参加していることも大きかったのではないか。


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この映画はビジュアル(あるいは世界観、空気感)に関して、申し分ないほどのクオリティを誇っている。こういったコアなファンがいる作品を映像化する際、制作者には、いい意味で「変質的」なマニアックさが求められる。逆に、そうでなければ「総スカン」を食らう怖さがある。その点、この映画は「よくぞここまで・・・」という完成度であり、例えば、霧亥の顔や電基漁師の装備に細かい傷が無数にあって(パンフレットによれば『黒キズ』というらしい)、怪我の描写や、装備の使用感が出ているのは素直に感心した。

これ以上のものを作れというのは、現時点では、おそらく無理だろう。あの『BLAME!』を、この完成度で描いてくれた製作スタッフに、昔からの一ファンとして感謝しかない。パンフレットでは、弐瓶氏が続編に言及している。私としては今作だけで十分過ぎるほどだが、変に期待しすぎず、次を待ちたいと思う。


最後に、本当に些末なことを言わせてもらえれば、「サナカン」の発音が思っていたのと違ったことが、この映画で一番驚いた部分かもしれない。でも「サナカン先生」ならそうだよなぁ、とも思った。

 


『BLAME!』

公開日:2017年5月20日
原作・総監修:弐瓶勉
監督:瀬下寛之
副監督・CGスーパーバイザー:吉平“Tady”直弘
脚本:村井さだゆき
アニメーション制作:ポリゴン・ピクチュアズ
製作:東亜重工動画制作局